上尾市馬喰新田の庚申塔 (川越道分岐)

画像


画像

青面金剛彫刻部拡大



埼玉県上尾市栄町
 さいたま市と上尾市の境より北へ約20m、バス停「馬喰新田」傍


[正面]   月輪瑞雲
         青面金剛立像  邪鬼  三猿
        日輪瑞雲

[右側面]  寛政十二年 庚申歳 十二月吉日建立 (1800年建立)

[左側面]        秋葉へ  壱里十二丁
        是より  ひら方江 壱里八丁
              川越へ  三里

台座
[正面]   武刕足立郡
         馬喰新田
        講中
         貮拾人

[右側面]  石工 江戸 ○岸嶋南新開 栗屋勘兵○
         (石工 江戸 霊岸嶋南新開 栗屋勘兵エ ?)


  さいたま市と上尾市の境界より北へ約20mほど、 バス停「馬喰新田」傍の二股の辻にこの塔は建っています。青面金剛は六臂(六手)で、玉、槍、剣、弓、矢を、さらに左の一手がショケラの髪をむんずと掴んでいます。
素晴らしい彫刻です。中山道に佇む数多の石仏中でも最も迫力の表情ではないかと思っています。
これを彫った江戸霊岸島の栗屋勘兵エという人は凄腕の石工だったのでしょう。
またショケラとは半裸の女人と言われていて、合掌してあたかも許しを請うているようにも見えますが、髪の毛をわしづかみにされてさらに脅されている風で哀れな感じです。人を病気にするなど悪いことをするということになっているようですが、何者なのか、なぜこのような仕打ちを受けているかについては諸説あり断定されていないようです。
 この塔の指し示す先について、秋葉とはさいたま市西区中釘にある秋葉神社を、ひら方とは現在の上尾市平方を、川越はもちろん当時繁栄を誇った城下町川越ということになりますが、ここで二股に分岐した川越道はこの先の上尾宿からの川越道と途中で合流して平方、川越方面に続いていたと思われます。
なお現在はこの先しばらく進むと高崎線に突き当たって道は途切れています。
 それにしてもこの地馬喰新田の人々はわざわざ江戸の石工に彫刻を依頼してこの立派な塔を建立したわけで、この辺りが信心深い土地柄であったことがわかります。馬喰新田ということで、馬などを売り買いする人々が多く住んでいたのではないかと推測されますが、現在の地名は上尾市栄町となってしまっています。それでも馬喰新田の名はバス停の名としてしっかり残っているわけです。



ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック